こんにちは。
今年も残りわずかとなりました。

2016年、願いが叶ったみなさま、おめでとうございます。
願いが叶わなかったみなさま、来年からまた心機一転、気持ちを新たにして挑みましょう

さて、「どうして私の願いは叶わないのだあああ 」と疑問な方へ、なにかの参考・ヒントになればと思いながら、長々と昔話と雑談をする本日…


願いが叶わない理由として、巷でよく挙げられているのが以下の3つかと…


・真の願いではない

たとえば「結婚したい」という願いを持っているように見えながら、実は心の底では「でも結婚したらこの自由な暮らしがなくなる」とか「相手の両親のしがらみとか面倒くさいなー」とか、その他もろもろ『結婚したくない理由』が根底にある。

この場合、裏を返せば「本当は結婚したくない」という願いが叶っているわけです。
んが本人はそれに気づかず、「私の願いが叶わない~ 」ともがいている状態。


・自分に許可をしていない

育った環境やら幼少期のトラウマなどで「自分は幸せになってはいけない」やら、「自分には幸せになる価値がない」などといった思いが根底に刻みこまれている場合。


・自分(の潜在意識のパワー?)を信じられていない

自分のことを信じていないので、自分に願いを叶えることなんて無理だ、と心の奥底では思っているので、現実にも願いを叶えられない世界が広がっていく。


その他、個人によっていろいろあるかと思いますが、もし『叶わない原因』があるとしたら、大体はこの3つに分類できるんじゃないでしょうか。

私も思い合たるフシがあるので、本日は普段めったに人に話さない私の過去のとある体験談を『年末スペシャル・2016年の恥はかき捨て!』ということで、書いてみます。


私はその昔、『願い事がなんでも叶う、入れ食いウハウハ状態 』を生きていました。

中坊の頃に知った、新月の願い。
書けばなんでも面白いくらい、ポンポン叶っていました。

新月の願い以外でも、『○○する』と決めたことは、ほぼすべて成し得てきました。

といっても、願ったら待っているだけで棚ボタ式に叶う、みたいな叶い方ではなかったです。

行動力は人一倍ある方&思ったら即行動派なので、願いを決めたら自分からガンガンそれに向かって動き、結果欲しいものを手に入れるという、力技タイプです。

でもこれはきっと私が「欲しいものは待っているだけじゃダメ。自分の努力でゲットせねば」というデフォルトが、根底にあるからだと思います。

欲しいものは黙っていても与えられるという環境で育っていないこともあり、「欲しいものは自分からゲットしにいかなくっちゃダメだ 」という考えで生きてきたからだと思います。

きっと与えられることに慣れている人は、『何もしなくても、待っているだけで叶う』という設定がされていれば、行動なんてしなくても、願いはどんどん叶うと思います。


さて。
そんな入れ食いウハウハ状態だった私でありますが、ある日を境に願いごとがまったく叶わなくなりました
これを以後『暗黒の時代』と呼び、話を進めます…


当時私は人生一大と今でも呼べるくらいの、大恋愛をしておりました。
その彼とは出会ったころから障害やら乗り越えた壁が多く、苦労ありきで婚約まで辿りついた経緯があります。

直前まで、飛行機で2時間半のところで中距離恋愛だったので、プロポーズされて一緒に暮らせることになったことが、心の底から嬉しかったです。

彼と一緒に暮らす新居へ荷物をすべて送り、あとは私が引っ越すだけ。

その引っ越しの6日前に、彼を病気で失いました。


少し前に入院はしていたのですが、まさかこんな急激に容態が悪化するとは、まったく予想だにせず。
(以前ネタにした、死んだものだと思い込んでお葬式ごっこをした彼とはまったく別です!)

詳細を省き淡々と述べますが、世界がガラリと変わった瞬間でした。

いや~、晴天の霹靂というのはまさにこれのことかと今なら思えますが、当時はあまりにショックと痛みが大きすぎて、無感覚状態。
世界とか思考とか、すべてが停止した状態でした。

いろいろな思いがありましたが、結論として辿りついたのは「神様なんていないんだ。バッカみたい という、ドス黒い気持ちでした。

私は無宗教です。
むしろアンチ宗教です。
でも日本人にありがちな「無宗教だけれども、神様の存在を信じている」の典型です。

宗教臭いのは大嫌いだけれども、神社へお参りに行くし、お墓参りでお寺に手を合わせに行くし、ステキな教会があれば覗いてマリア様に挨拶してみたり。
ピンチの時には、「神様~!助けてくだされ~ 」って頼ったり。

無宗教のくせに、漠然と神という存在を信じ、自分なりに敬意を払って生きてきたわけです。

そんな私が苦労の末に得た最愛の彼との婚約。
あと6日で一緒に暮らせる状態だったのに、それを目前に、彼がこの世から消えてしまったわけです。

様々なドロドロした思いを踏まえ、辿りついた結論が『神様なんて存在しないんだ』です。

神様がいたら、世界中でこんなに戦争があるわけない。
神様がいたら、罪のない子供たちが大量に虐殺される世の中であるはずがない。

神様がいたら、残虐な事件や大規模な自然災害も起こるはずがない。
神様がいたら、冤罪なんて起こるわけがない。

やっぱり神様なんていないんだ。
最初っからいなかったんだ

本気でそう思ったら、本当に『神様のいない世界』が広がっていったわけです、その後の約2年間(暗黒の時代)。

不幸自慢が嫌いなので詳細は省きますが、この暗黒の時代にありとあらゆる辛いことが、これでもかってくらいに自分の身に起こり続けました。

日本だったらあり得ないような、ウソみたいな不幸な出来事が、立てつづけに自分の身に起きまくるという、タチの悪いコントか、昼ドラ並みの毎日。

心身ともに喪中で、家でジッとしてヒッキーしているだけなのに、次から次へと災難に巻き込まれていきました


神を信じるのをやめたと同時に、自分自身のことも一切、信用しなくなりました。

それまで、私は自分の信念には自信があったわけです。
自分が「こうする」と決めたことは、必ず成し得てきたし、達成できる自信がありました。

でもあまりに急展開で彼を失い、それまで彼との結婚生活をあれこれ毎日イメージしていたことが、何の意味も持たなくなりました。

中距離恋愛だったので、自分ひとりの時間がたんまりとあったじゃないですか。
毎日毎日、仕事へ向かう途中、お風呂の中、夜寝る前と、彼との結婚生活を妄想しまくっていたわけです。

彼の家族にも愛され(これは実際とても可愛がってもらったので、叶ったと言えるかと)、彼とのお子を産み、親子3人で仲良く公園で遊ぶ姿とか、もうそれはハッキリと映像として見えるくらい、毎日イメージしていわけです、数年間も。

んが実際は、そんな日は1日も来なかったわけです。
そりゃあ自分のことすら信じられなくもなります

「私の描いていた彼との未来って、なんだったの?
ハッキリ見えた映像ってなんだったの?
けっきょく私の独りよがりだったのか。

私の頭がイカレポンチなだけだったのか。
この数年、本気でバッカみたいなことしていた私は、失笑もんなんですけど~」

まるで思春期の不良少女のように、やさぐれていったわけです。
自分を信じていたのって、ただの傲慢さだったのかと自分を恥じ、忌み、呪ったわけであります。

先にも述べたように、私はものすごく決断力が強いです。
『神様なんていない』、『自分の思い描くこと、願いごとはすべて勘違いのアンポンタン』と決心してしまったわけです。

そして実際にそういう世界が広がってしまい、暗黒の時代を余儀なくされました。
この期間、願いごとなんてひとつも叶わなかったです

叶わないので『神様ってばひどい』とさらに強く思い、『神様ってばひどいな世界』が、自分の現実にますます広がっていきました。
負の連鎖ってやつです。

出会う人すべて(新しい友人からスーパーのレジ打ち、不動産屋、警察などに至るまでのすべての人)が、本当にウソみたいに意地悪で冷たい人ばかりでした。

橋田壽賀子はんも足元に及ばないくらい、渡る世間は鬼ばかりの日々でした。

それもこれも『神様なんていない世界』を決心&設定しまった私の責任です。


後になって思ったことは、それまでの私は『神様のいる世界』=自然と周りの人に恵まれている、小さな恩恵を受けながら生きていられる、恵まれている世界で生きていたのだと、つくづく痛感しました。

行く先々で人に良くしてもらえていたのは、私の性格が良いから(という勘違いのせい)ではなかったんですね

神様だかカリン様だか、どなた様だか分からないけれども、目に見えない存在のご加護があったからだったんですね

自分がそれまで生きていた世界というのは、神=たくさんの愛 に溢れていたわけです。


暗黒の時代からだいぶ年月が過ぎ、今ではそれなりに幸せな生活を送らせてもらっています

でも自分の願いを叶える力は弱まったような気がします。
願いごと自体、あまり抱かなくなりました。

きっとまだ心のどこかで、あの出来事、そしてその後の暗黒の時代のことを癒しきれていないのかも知れません。


よく世間では「思考が現実化する」とか言われていますな。

個人的には「思考が現実化することもあるけれども、決して100%ではない」という考えです。

こういうことを書くと、「それはあーたが『現実化することもあれば、しないこともある』、『叶う時もあれば叶わない時もある』と設定しているからでしょうよ 」という意見が寄せられそうですが、思考が現実化するのは100%ではないと思います。

なぜなら「100%実現する」では、辻褄が合わない出来事が、世の中に多すぎるからです。

大震災で亡くなった方で「いつか自分は地震で死ぬ」と思っていた人が何人いたでしょうか。
震災に巻き込まれるなんて思いもせず、幸せな明日、未来を夢見て生活していた人の方が多いのではないでしょうか。

結婚式を数日後に控えた状態で、変質者からレイプされ惨殺された花嫁が生前、「私は好きでもない男に強姦され、苦しみながら惨殺される」と思考していたわけがないですよね。

私の例で言えば、『彼との結婚生活が1日もない世界』を思考したことは、1秒たりともありません。
むしろバカみたいに毎日毎日、彼との幸せな結婚生活を思考していたわけです。

よって思考が現実化するというのは、ゼッタイではないわけです。


意志(=私にとっては願いを叶える力)が強かったのに、「彼と結婚して幸せな家庭を築く」という決心(願い)が叶わなかった理由は分かりません。

結婚生活なんて願わずに、彼が健康で長生きするとでも願うべきだったのでしょうか。

なぜああいうことが起きたのか、考えてもしょうがないし、人生には人知を超えた予期せぬ出来事だってたくさんあります。
現実で起きている出来事の全てに、説明がつけられるわけではないんですな。

答えなのでないことを考える時間があるのなら今を大切に、日々小さなことに感謝しながら生きた方が、うんと有意義だと思います。


話がとっちらかってきました…
ガラに似合わずマジメな話とかしちゃったから、まとまらなくなって参りました


要は、私の場合はですが、自分の信念や決断力が強かった分、自分を信じれなくなった時に、願いごとが一切叶わなくなりました。

また自分を信じられるようになるのには、けっこうな時間がかかりました。

「新しいステキな出会いが訪れて、その幸せな恋愛のおかげで、自分をまた信じられるようになりますた 」なんて、おとぎ話のようなことは起こりませんでしたよ

新しいステキな出会いがあったのは、また自分を少しだけ信じられるようになってからのことです。

自分はいかに恵まれているのか、要は神様だかカリン様ってやっぱりいるんだ、自分の世界は愛に溢れているんだな、と思い直せてからのことです。

願いが叶わない理由はいろいろあると思いますが、もし過去の私と同じく(きっかけや理由はどうであれ)「自分をあまり信じられていない」状態に陥ってしまっているのであれば、その辺りを掘り下げると突破口が見えてくるかもしれません。


長くなってしまいましたが、ちょいとヘビーな話に最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます

体調に気をつけ、良いお年をお迎えください
来年1月は待ち受け更新予定どえす。



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